皆さんこんにちは!
株式会社モンド設計、更新担当の中西です。
~“建物”から“体験と運用”~
現代の建築設計は、見た目の提案だけでは評価されにくくなっています。
なぜなら、建築が複雑になり、社会の要求が増えたからです。
省エネ・脱炭素
防災・レジリエンス️
コスト最適化
工期短縮⏱️
既存建物の再活用
体験価値(居心地・働きやすさ)✨
設計は「描く」より「統合して成立させる」仕事へ。
高度経済成長以降、設計業がどう変化し続けたかを歴史として整理します
高度経済成長期、日本は都市インフラと建物を大量に必要としました。
オフィスビル、団地、商業施設、工場、公共施設――。設計は「大量供給」を支える役割を担います
この時代、設計で重要だったのは
合理性(無駄なく建てる)
施工性(早く作れる)
標準化(品質を揃える)
です。
一方で、規模が大きくなるほど、設計の責任も重くなる。
“都市をどう作るか”に設計が深く関わるようになり、建築は社会の骨格を作る存在になっていきます️✨
大量供給が進むと、次に人は「個性」や「豊かさ」を求めます。
そこで建築は、合理性だけでなく「表現」や「体験」を重視する流れが強くなります。
店舗やホテルでの世界観づくり️
シンボル性のある公共建築️
デザインコンペ文化の広がり
空間のストーリー性
設計者は、単に成立させるだけでなく、
“この建物が何を語るか”を設計する存在として注目されるようになります✨
災害のたびに、設計は進化を迫られます。
特に1995年の阪神・淡路大震災は、耐震性の見直し、既存建物の安全性、都市防災の議論を強く促しました。
ここから設計は、
新築の耐震だけでなく
既存建物の改修(耐震補強)
非構造部材の安全(天井、外装)
避難計画やBCP
といった、より広い安全設計へ伸びていきます♂️
設計業の現場を根本から変えたのがCAD(コンピュータ支援設計)です。
手描きの時代は、図面の修正ひとつにも時間がかかりました。
CADにより、
修正が速い
複製・管理がしやすい
図面の整合性が上がる
チームで分担しやすい
など、設計業務が一気に変わります
この変化は単なる“便利”ではなく、設計プロセスそのものを変えました。
設計は「描く」から「編集し、管理し、伝達する」仕事へ比重が移ります✨
さらに近年、BIM(Building Information Modeling)が広がります。
BIMは3Dで見えるだけでなく、建物の情報(部材、数量、性能など)を統合して持てるのが強み。
意匠・構造・設備の干渉チェック
数量の把握(積算との連携)
施工計画との連携(手戻り減)
維持管理(運用)まで見据えた設計️
ここで設計業は、建物を「完成させる」だけでなく、
完成後の運用・更新まで含めて考える仕事へ進みます✨
現代の設計で避けて通れないのが環境です。
断熱・日射遮蔽・自然換気️
高効率設備(空調・照明)
ZEH/ZEBなどの高性能化
木造・木質化、素材選び
ライフサイクル視点(建てて終わりじゃない)
設計者は、デザインだけでなく「環境性能の設計者」でもあります。
ここで求められるのは、感性だけでなく、シミュレーションや数値、運用提案まで含む総合力✨
人口減少、空き家、老朽化、更新コスト…。
社会が成熟するほど、「新築だけが正解」ではなくなります。
そこで伸びるのが、
リノベーション
コンバージョン(用途変更)
既存建物の性能向上改修
です。
設計者の価値は、ゼロから作るだけでなく、
既存の制約を読み、可能性に変える力に移っていきます✨
“制約が多いほど燃える”という設計者も多いのは、この領域が設計の醍醐味だからです
未来の設計業は、さらに統合領域が広がります。
センサーやBEMSで運用データを設計へフィードバック
災害に強い街と建物(レジリエンス設計)️
働き方・学び方の変化に合わせた空間設計
モジュール化・プレファブ・工業化の再加速️
住民参加・地域共創(合意形成の設計)
設計者は「建物の図面を作る人」から、
社会の変化に合わせて“場”を育てる人へ進んでいきます✨
高度成長で規模とスピードに対応し、都市を形づくった️
価値観の多様化で、建築が表現と体験を担うようになった
災害を経て、安全設計はより広く深くなった️
CAD/BIMで、設計は“描く”から“統合・管理・連携”へ
環境性能と既存活用が主戦場になり、設計は運用まで踏み込む
これからはDXとレジリエンス、体験価値がさらに重要に
皆さんこんにちは!
株式会社モンド設計、更新担当の中西です。
~「棟梁の知恵」から「建築家の思想」へ~
建築設計業と聞くと、「間取りを考える」「図面を描く」「デザインする」というイメージが強いかもしれません
でも設計の本質は、もっと広いです。
暮らし方・働き方を読み解く
安全性(構造)と快適性(環境)を両立する️
法規・コスト・工期・施工性を整理する
社会や街の未来まで見据える️✨
つまり建築設計は、「形」を作るだけでなく、人の営みを成立させる“仕組み”を作る仕事。
その歴史をたどると、設計がいつ・どうやって“独立した専門職”になっていったのかが見えてきます
古代〜近代までを中心に、建築設計が「棟梁中心の世界」から「専門職の世界」へ変わる流れを、ストーリーでまとめます✨
日本の伝統建築の世界では、長い間、設計と施工は分かれていませんでした。
寺社仏閣や町家、武家屋敷などは、棟梁や大工が
施主の要望を聞き
敷地や日当たりを読み
木組みや納まりを考え
現場で調整しながら建てる
という形で“総合的に”担っていました✨
いわば「現場で完成させる設計」=経験と伝承の設計です。
ここで重要なのは、図面が少ない時代でも「設計的な思考」は存在していたこと。
ただしそれは、紙の上に固定するより、技術の体系(規矩術)として職人の身体に刻まれていたという点が特徴です
一方、西洋では石造・レンガ造が中心になり、構造や比例、幾何学がより明文化されていきます。
古代ギリシャ・ローマ、そしてルネサンスを経て、建築は「造形理論」や「設計思想」を伴う文化として成熟していきました✨
この流れの中で、建築は
技術(構造・工学)
芸術(意匠・美学)
の両面を持つ専門分野として整理され、設計者という存在が強く意識されるようになります
※日本の設計業の近代化は、この“西洋の学問化”の影響を大きく受けます。
明治時代、日本は近代国家へ急速に舵を切ります。
官庁、軍施設、学校、銀行など、これまでにない建物が大量に必要になりました
ここで必要になったのが、
「誰が見ても同じ品質で建てられるように、事前に計画する力」=設計力です✨
西洋建築の技術導入(レンガ・石・鉄)
建築教育の整備(学校で学ぶ設計)
図面文化の普及(平面・立面・断面)
仕様書・積算などの仕組み化
これにより、建築は“棟梁の経験”だけでは追いつかない領域へ広がり、設計が専門職として形を持ち始めます。
ここからの設計者は、単なる絵描きではなく、
技術と社会の要請を翻訳する人になっていきます✨
都市が密集し、建物が増えるほど、災害の被害は拡大します。
特に大きな転換点として語られるのが、1923年の関東大震災。
この経験を経て、設計は「見た目」だけでなく、安全性(耐震・防火)をどう確保するかが強く問われるようになります。
不燃化(木から耐火構造へ)
都市計画の整備(道路・区画)️
構造計算や基準の考え方が進む
設計と行政(許認可)の関係が強くなる
ここで、建築設計業は「社会の安全を担う責任ある仕事」としての色が濃くなっていきます✨
戦争や空襲で都市が損傷し、戦後は膨大な住宅・施設が必要になります。
ここで設計の世界は、次のように変化します。
同じ品質を速く作る
施工しやすいディテール
工業化(部材の規格化)
集合住宅の普及
設計は“個別の一品”だけでなく、社会の需要に応える仕組みとしての意味を強く持つようになります✨
この頃から、設計者の役割は「作品」だけではなく、「供給の仕組みを設計する」側面も持ち始めます。
建築が複雑になると、一人で全部は見きれません。
そこで設計の世界でも分業が進みます。
意匠設計(デザイン・計画)
構造設計(耐震・架構)
設備設計(空調・衛生・電気)️
積算(コストの見える化)
工事監理(設計通り作る管理)
こうして建築設計業は、個人技の世界から「チームで成立させる産業」へ広がっていきます️✨
伝統建築では棟梁が設計と施工を一体で担った
近代化で図面・教育・制度が整い、設計が専門職になる
都市化と災害で、耐震・防火が設計の中心テーマに️
戦後復興で標準化・工業化が進み、設計は“供給の仕組み”へ
分業・専門化が進み、設計事務所・チーム設計が確立